今朝は目黒は油面にあります金柑画廊さんで授業。
11月14日、良い詩の日に開催するイベントでも少し読ませてもらう
holly journeyの作者伊藤さんが授業後やってきたので、お写真をご一緒しました。
その後目黒をぶらぶら散歩。
茶屋坂、なべころ坂、けこぼ坂。
目黒は本当に坂が多いね。
去年の今はまだあの辺に住んでたのに、
すっかりよそよそしい街や通りにちょっとくすくす笑ってしまう。
なんでだろうな。
懐かしいような、切ないような、嬉しいような。
昔よく買ってた旬八さんで、野菜を買ったりしながら、
伊藤さんのやってらっしゃるkoumoriyaさんも初めて訪ねる。
今度はパートナーのるりさんが迎え入れてくださる。
やあ〜、なんて不思議な空間なんだろう。
なかなか他に似てる場所のない、旅や美術館にでも来たような
とっても不思議な気持ちになる場所でした。
ちいさく見えて、入るとどこまででも奥まで豊かにひろがる伊藤さんの王国なのだと思いました。
鳥取のジュピタリアンヒルが一番感覚として似てるかも。
作品であり、王国の住人であるものたちがそこかしこに鎮座してる感じが。
そうか、ここでholly journeyは生まれたんだなあ。
本番前に行けてよかった。
帰りにsakana baccaというおしゃれなお魚やさんでマダラを買って
夜はチャウダーにしました。
火曜ライブから、神奈川帰省、翻訳、授業と、一週間よく働きました。
明日は日曜日!
おやすみなさい。
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Saturday, October 31, 2015
Saturday, May 16, 2015
Ms. Yuki Speaks ゆき先生はかく語りき
こんばんは。こんにちは。
今日はMs.Yuki(英語の先生のときはゆき先生なのです)になりに
目黒の金柑画廊さんへ行く日でした。
教えるって仕事は、
英語学校でも音楽教室もかつて働いてみて、
どちらも通じる道があると思っています。
人をじっと見つめてその人のくせ、ブロックみたいなものを
ほぐして、学びの壁になってるものをとりはらう。
そして頭の上に電気がつくみたいな瞬間を見るのは
どんなジャンルの先生でも最高のご褒美だとおもいます。
今日のクラス後のこと。
たまたま金柑画廊に寄って行ったお客さんと話していて
ふと言われたこと。
「なんでできないの?って言いたくなりませんか?」
わたくしは思いませんです。はい。
「この子は何が引っかかってブレイクスルーが起きないのかな?」
って頭から湯気出るほど考えるのが先生です。
教えるって道は
本当に突き詰めると奥深いし時間はいくらでもかけたくなってしまう。
でも現状難しいので月二回金柑さんだけでしか教えないことにしてます。
それでも、時間かけて深くもぐりたい面白い道です。
そして、もう一つそれと一緒に思うこと。
先生というかメンターについて。
学校やら、ピアノ教室やら、塾やら、部活やら、大学やら
みんな人生でいろんな先生に出会うでしょ。
最近教えてると自分が生徒のときのこと思い出すんですよね。
自分の人生を振り返って、
自分のこれまでのメンターたちに
将来の相談をしたときに
「そういう事はやめておきなさい」
ってたしなめられて、
後から「言う事聞いてよかった」って
思う事ひとつもないんですよね。
「言う事聞かなくてよかった〜」は山ほどあるんだけど。
大人になってクソ頑固さに磨きがかかった今のわたしならともかく、
ハートの柔らかくて、言葉の呪いみたいなものを受けやすい
子どもにそんな事言うのはだめだよね。
でもほんとは、大人に対してでもだめだよね。
他人の人生の責任なんか誰にもとれないんだから
誰かが何かをできるかできないかなんて決めつけたらいかんよね。
大事なのは、本人が肚からやりたいかやりたくないかでしょ。
メンターたちよ、なんでも、やりたいようにやれってゆってよ。
それで、そのやりたいことをうまくやるには、
どう動くのがベストか考えさせるのが
素晴らしいメンターなんではないだろうか。
私の大学時代の声楽の先生は
私が卒業後ビザとってアメリカに居残って貧乏してでも音楽続けるか
日本に就職してなんとなくレールに沿った人生にはまるために帰るか、
めちゃくちゃ迷ってる時にこんな質問をしてくれました。
「今、お金も労働ビザも親御さんの承諾も、
なーんでも君が障害だって決めつけてるものがすべて手に入るとして、
本当にしたいことはなんなの?」
先生があの時あの質問聞いてくれたこと、今も本当に感謝してます。
本当に貧乏だったし仕事は色々したけど、
ビザとって結局卒業後四年もアメリカで納得いくまで音楽やれました。
日本に帰るときにアメリカに対する未練が最小限ですんだのも、
そのときのベスト尽くせたって思うからだとおもう。
そして、アメリカで色々仕事させてもらったおかげで
日本でも何とか食べていけてる。
私はまだまだ自分のメンターだと思うおとなの先輩がたに
うんと甘えてる側ですが、
自分もいつかそんな風にすこやかに背中を押せるメンターになれたらいいです。
なんて熱く思いながら。
うたうのも、教えるのも、訳すのも
人間が好きだし、もっと知りたい
関わりたい、そっから生まれるキラキラが見たいんでしょうね。
人見知りだし選り好み激しいのにね。
人付き合いの嫌いな人間好きってことにしておきましょうかね。
さ、明日は歌うゆきです!
多重人格のようで、ぜーんぶ一緒の私なんだぜ、結局。
おやすみなさい。
ラブ、
ゆき
今日はMs.Yuki(英語の先生のときはゆき先生なのです)になりに
目黒の金柑画廊さんへ行く日でした。
教えるって仕事は、
英語学校でも音楽教室もかつて働いてみて、
どちらも通じる道があると思っています。
人をじっと見つめてその人のくせ、ブロックみたいなものを
ほぐして、学びの壁になってるものをとりはらう。
そして頭の上に電気がつくみたいな瞬間を見るのは
どんなジャンルの先生でも最高のご褒美だとおもいます。
今日のクラス後のこと。
たまたま金柑画廊に寄って行ったお客さんと話していて
ふと言われたこと。
「なんでできないの?って言いたくなりませんか?」
わたくしは思いませんです。はい。
「この子は何が引っかかってブレイクスルーが起きないのかな?」
って頭から湯気出るほど考えるのが先生です。
教えるって道は
本当に突き詰めると奥深いし時間はいくらでもかけたくなってしまう。
でも現状難しいので月二回金柑さんだけでしか教えないことにしてます。
それでも、時間かけて深くもぐりたい面白い道です。
そして、もう一つそれと一緒に思うこと。
先生というかメンターについて。
学校やら、ピアノ教室やら、塾やら、部活やら、大学やら
みんな人生でいろんな先生に出会うでしょ。
最近教えてると自分が生徒のときのこと思い出すんですよね。
自分の人生を振り返って、
自分のこれまでのメンターたちに
将来の相談をしたときに
「そういう事はやめておきなさい」
ってたしなめられて、
後から「言う事聞いてよかった」って
思う事ひとつもないんですよね。
「言う事聞かなくてよかった〜」は山ほどあるんだけど。
大人になってクソ頑固さに磨きがかかった今のわたしならともかく、
ハートの柔らかくて、言葉の呪いみたいなものを受けやすい
子どもにそんな事言うのはだめだよね。
でもほんとは、大人に対してでもだめだよね。
他人の人生の責任なんか誰にもとれないんだから
誰かが何かをできるかできないかなんて決めつけたらいかんよね。
大事なのは、本人が肚からやりたいかやりたくないかでしょ。
メンターたちよ、なんでも、やりたいようにやれってゆってよ。
それで、そのやりたいことをうまくやるには、
どう動くのがベストか考えさせるのが
素晴らしいメンターなんではないだろうか。
私の大学時代の声楽の先生は
私が卒業後ビザとってアメリカに居残って貧乏してでも音楽続けるか
日本に就職してなんとなくレールに沿った人生にはまるために帰るか、
めちゃくちゃ迷ってる時にこんな質問をしてくれました。
「今、お金も労働ビザも親御さんの承諾も、
なーんでも君が障害だって決めつけてるものがすべて手に入るとして、
本当にしたいことはなんなの?」
先生があの時あの質問聞いてくれたこと、今も本当に感謝してます。
本当に貧乏だったし仕事は色々したけど、
ビザとって結局卒業後四年もアメリカで納得いくまで音楽やれました。
日本に帰るときにアメリカに対する未練が最小限ですんだのも、
そのときのベスト尽くせたって思うからだとおもう。
そして、アメリカで色々仕事させてもらったおかげで
日本でも何とか食べていけてる。
私はまだまだ自分のメンターだと思うおとなの先輩がたに
うんと甘えてる側ですが、
自分もいつかそんな風にすこやかに背中を押せるメンターになれたらいいです。
なんて熱く思いながら。
うたうのも、教えるのも、訳すのも
人間が好きだし、もっと知りたい
関わりたい、そっから生まれるキラキラが見たいんでしょうね。
人見知りだし選り好み激しいのにね。
人付き合いの嫌いな人間好きってことにしておきましょうかね。
さ、明日は歌うゆきです!
多重人格のようで、ぜーんぶ一緒の私なんだぜ、結局。
おやすみなさい。
ラブ、
ゆき
Saturday, March 7, 2015
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